|
「ロスト・ジェネレーション」という言葉は、1920年代、パリ在住のヘミングウェイ仲間に投げかけられた“You are all a lost generation.”が始まりと言われる。
日本語では「失われた世代」とよく訳されるが、厳密には、「自分を見失った世代」「道に迷った世代」、つまり「さまよえる世代」とでも訳したほうが、本来のニュアンスに近いのだろう。 世代(Generation)は30年周期という。還暦(60年)にすると、歴史が見えてくるという説もある。 今年は未曾有の災害に、将来に不安を感じさせた。 そんな中、10年来、親しんできたHPが幕を閉じるという。 ネット社会は一時期、バーチャル・リアリティと呼ばれたものだが、世代の交代が進み、若者にとってネットも携帯も、ボーダレスな世界へと変わっているようだ。 なにはともあれ、仮想も現実も永遠ということはありえない。 始まりがあれば終わりがある。 よく立ち寄る喫茶店、スナック、バー同様、ネットのHPが、ある日その看板を下ろす。 立ち退きや、顧客の減少、オーナーの諸事情など、理由はさまざまだろう。 入り口に張られた閉店の張り紙が剥がされ、あらたな店の工事が始まる。 見なれた街の風景が、プチ整形を終え、すこし表情を変える。 ほんとうは、むかしのままでもいいのにと思う。 でも、そ知らぬ顔で新陳代謝は進み、時間は淀むことなく流れていく。 たとえ馴れ親しんだ憩いの場が消えたとしても、過ごした楽しい思い出は記憶にしっかり刻まれている。ひとたび現像液に浸せば、印画紙にその姿をゆっくり浮かび上がらせるだろう。 “さようなら”を言うのはよそう。 楽しい時間をありがとう、また逢う日まで。 Lostという曲はこちら 。 内容がわかるよう、大まかですが、対訳をつけました。 I can't believe it's over もう終わりなんて信じられない I watched the whole thing fall すべて終わりまで見て And I never saw the writing that was on the wall さし迫ったようにみえなくて If I only knew 知ってたらね Days were slipping past いたずらに時がながれ That the good things never last いいことが続かなくて That you were crying きみが泣いてたなんて Summer turned to winter 夏が冬になり And the snow it turned to rain 雪が雨になり And the rain turned into tears upon your face 雨が涙となって君の頬をつたい I hardly recognized the girl you are today いまの君は、見る影もないくらい And god I hope it's not too late でも、遅くないよね It's not too late 遅くないよね 'Cause you are not alone だってきみはひとりじゃないから I'm always there with you ぼくはそこできみといっしょ And we'll get lost together そして一緒にさ迷おう Till the light comes pouring through 光が降り注ぐまで 'Cause when you feel like you're done だって、もういいって思ったら And the darkness has won 暗闇に閉ざされる Babe, you're not lost ねっ、自分を見失わないで When your worlds crashing down きみの世界が崩れ落ちても And you can't bear the thought それに耐えられなくなっても I said, babe, you're not lost いいかい、自分を見失わないで Life can show no mercy 人生は無慈悲 It can tear your soul apart 心をずたずたにする It can make you feel like you've gone crazy やりきれなくなる But you're not だけど きみは違う Though things have seemed to changed 世の中、変わったようにみえて There's one thing that's still the same ひとつ変わらないものがあって In my heart you have remained ぼくの心の中に、きみがとどまってくれた And we can fly fly fly away そして、ぼくらは飛びたてる。そう、飛びたてる 'Cause you are not alone だって、きみはひとりじゃないから And I am there with you ぼくはそこできみといっしょ And we'll get lost together そして一緒にさ迷おう Till the light comes pouring through 光が降り注ぐまで 'Cause when you feel like you're done だって、もういいって思ったら And the darkness has won 暗闇に閉ざされる Babe, you're not lost ねっ、自分を見失わないで When the worlds crashing down 世界が崩れ落ちても And you can't bear the thought それに耐えられなくなっても I said, baby, you're not lost いいかい、自分を見失わないで I said, baby, you're not lost 見失わないで I said, baby, you're not lost 見失わないで I said, baby, you're not lost 見失わないで
この日記を書いている今も、時おりハリケーンの “しっぽ”部分が、木々の枝を揺さぶりながら、「ゴーッ」と音をたてて吹き抜けてゆく。
日曜の午後、散歩をかねてカミさんと一緒に図書館まで本を返しに出かけた。 ハリケーン一過。昨夜からの激しい雨と突風のつめ跡がいたるところに。 大木や電柱がなぎ倒され、警察の通行止めの黄色いテープが村のそこここに張り巡らされている。 我が家にも昔から棲みついている木が何本かある。見上げるドライブウェイに覆いかぶさる枝が強風にあおられユッサユッサ。わたしの腹の二人分はあろうかという太い枝までギッシギシッときしむ。 ブルーンバーグ市長は、市に乗り入れる公共交通機関を土曜日の昼、全面停止。 通りのバス停から、地下鉄のプラットホームから、人々が消え、いまだかつて見たことのない無人のグランド・セントラル駅構内がTV画面に映し出された。 マンハッタン島は何本ものトンネルがハドソン川やイーストリバーの下を通り、地下鉄も島内を縦横無尽に走っている。 高潮・高波・洪水がひとたび構内に流れ込めば、排水能力の追いつかない状況も予想される。その対策を見込み、早めの決断だったようだ。週明け、何百万人の通勤客への影響を考えると、賢明かもしれない。 図書館への道すがら、歩道の脇を、昨夜からの大雨を大地が吐き出すように湧き水が流れている。 倒木で封鎖された道をくぐり抜け、娘の通った小学校が見える通りにさしかかったときのこと。 通りをへだてて、並木道のとある一本の木に目を奪われた。 小学校と隣の家の間隔が離れているせいか、ちょうど風通しもよく、西日を浴びるスポットになっているようだ。 その一本だけが、すこし恥ずかしげに紅く色づきはじめていた。 夏と秋の境目。
私の住む小さな村では、夏の間、野外コンサートが毎週催される。
月曜日の午後に訪れる義理の両親と夕食を摂ったあと、町の広場に一緒に聴きにでかける。 雰囲気こそ違えど、これは日本の盆踊りに似たようなものかもしれない。 米国ではもちろん七夕はない。それでも7月4日の独立記念日の花火大会を皮切りに、各地の野外コンサート、田舎のファーム・ショー(農園祭り)など、日本三大祭りのような盛大さや華やかさはないものの、過ぎ行く夏を彩る催しは数多ある。 広場の中央に設けられたガゼーボ(庭園などに設けられる休憩所)にオーケストラが収まり、好きな曲が流れると、前に設けられたダンスフロアーに自由に進み出て、社交ダンスを踊りはじめる。 内容は週替わりに、ベビー・ブーマー(団塊の世代)向けの、今ではオールディーズと呼ばれる曲を演奏するバンドや、戦中派向けスイング・バンド、映画音楽・ブロードウェィ・ミュージカルを演奏するオーケストラ、ジャズ・バンドなどなど、多岐にわたる。 西空がゆっくり暮れなずむころ、三々五々、デッキ・チェアやローン・チェアを持参して、自由に広場の芝生に陣を取り、夕べのひと時を過ごす。 私たちの前に座った二人の女性は、持参したサンドイッチやスナックを口に運び続けること20分。座る椅子からはみ出す脂肪の謎が解けた。 また、後ろのおばさんは、ペチャクチャペチャクチャ、会話がエンドレス。 「ランジェリーとジー・ストリング(T-バック)がね・・・」 業を煮やした近くの人々が一斉に「シーッ、シーッ」。 ボリュームが落ち、スイッチが切れた。 日が沈み、暗闇が広場を覆い、見上げる高い木立の合間から星がチラチラ見え隠れする。ビッグ・バンドの後ろにそびえる大木の合間から、月明かりが漏れ始める。 バンド・マスターが「次の曲はグレン・ミラー。グレン・ミラーと言えばお馴染みの・・・」。 こちらの曲 バンマス自らクラリネットを咥え、前列のサックス奏者達と絶妙なアンサンブル。 グレン・ミラー・サウンドは、こぼれる淡い月明かりに溶け込んで、わたし達を優しく包みこんだ。 どうすることもできない出来事に苦しむ人たちと、いまこうやって平穏を享受する自分。 いろいろなトラブルが複雑に絡み合う世界。 ほんの一瞬、心が音楽で満たされた。
高速道路をぼんやり走っていた。
ゆるやかなカーブに身を委ねて、上り坂にさしかかる。 フリーウェイが中空に消え、透きとおる青空をバックに、立ち昇る入道雲の天頂が光り輝いている。 放り込んだCDから、懐かしいメロディーが流れはじめた。 青春時代に耳にしたメロディーは、思い出が滲みこんでいる。勝手にヒョコヒョコ飛び出しては、頭の中を勝手に歩き回る。 娘と交わした昨夜の会話が、突然乱入してきた。 「今年の夏は止めようよ」 「ん?」 「原発事故、収束してないし・・・。来年だっていいじゃない」 いままで、日本への帰省を嫌がったことのない娘だった。 放射線量やその範囲、ヨー素、セシューム、ベータ線とガンマ線、被爆線量など簡単に説明したが、電話越しの娘は、頑として聞く耳を持たないようだ。 娘を夏期講座に送る前夜。 「今年は、お盆明けの八月末に行こう。チケットを予約しだい連絡するから」 話を聞いた娘はいつものように楽しみにしている様子だった。 それが、大学に行って、友達と話をしてからなのだろう。放射能の心配が増幅されたようだった。 電話越しの会話が噛み合わず、もどかしい思いをした。娘は言葉に詰まり泣く寸前の様子が手に取るようにわかる。これ以上の無理強いはまずい。 日本はわたしにとっての生まれ故郷。原発事故が起きようと、戦争になろうと、祖国を愛する気持は変わらない。だが娘にとっては、第二の故郷だ。 いっぽう誰がなんと言おうと、娘は、私にとってかけがえのない、いとおしい存在だ。 いままで、自分の考えを押し付けてきた私だが、今回は娘の気持ちに寄りそいたいと思う。 無理に連れて行くのでは、せっかくの家族旅行が台無しになる。 チケットの予約の取り消しは24時間以内。 旅行代理店に予約キャンセルの電話を入れることにした。
髪が長くなったのでいつもの床屋に出かけた。
その床屋は隣町の目抜き通りから少し外れた通りにあって、その手前にもう一軒あるのだが、ここを選んだ理由は、ウインドウー越しに年配のおっさんがハサミでチョキチョキ刈っている姿が見えたからだ。 女性だけの美容室は、気後れするというか、年配のおっさんがいたほうが気楽なのだ。 この店は理髪師が何人も居て待ち時間がほとんどなく、30分もかからない。 席は手前に4席、仕切りの奥にもう一席ある。 奥はこの店のオーナー(中年女性)用なのだろう。 2度ほど彼女にやってもらったが、それほど上手いわけでもない。 いつもは、60過ぎのポーランド系のお婆さんで、鏡の前に娘や孫の写真を飾っている。居ないときは、メキシコ系の女性か、イタリア系のおっさん達にやってもらう。 今日は珍しく、若い女性だった。 年のころなら、20代半ばというところだろうか。長い赤毛の髪を襟足から持ち上げて、無造作にクリップで留めている。レデイー・ガガ風といった感じ。 パンツはロウライズのジーンズに黒エナメルの広めのベルト。丸みを帯びた腰が窮屈そうにはみ出している。腰の線をウエストに沿って見上げると、高い位置で見事にくびれている。 顔は髪が邪魔してちょっとわかりにくいが、よく見ると小顔のゲルマン系の美人。イギリスのパンク歌手として充分通用する。 まるで「うる星やつら」の“ラムちゃん”がコミックから飛び出たようで、アメリカ仕様のため、若干グラマーになっている。 黒地のタンクトップからはみ出た胸の割れ目もすばらしい。ノースリーブでへそ出しの薄地のブラウスと、ブラジャーも薄地?。 肘を上げると、目の前に横向きのオッパイが現れ、先端の乳首がくっきり浮かび上がった。 昔ならば、目を閉じたりせず、会話を楽しんだ。 「どうします?」 「横を短くクリッパーで刈上げて、上は適当に」 「何番かしら?」 「う~ん、どうかな?」 返答に困っていると、となりのメキシコのおねえさんが助け舟をだした。 「4番よ」 刈り始めて、 「う~ん、もう少し短めがいいな」 と言ったら、 「今、上の部分をブレンドしてるの。下はもう少し短くするから」 「ごめん、わからなくて、あっはっは」 「あやまらなくて、いいわ」 「じゃ、まかせるね」 といって、わたしは目を閉じた。 途中、バリカンで襟足を整えるのだが、その痛さに目が覚めた。 まるで黒ずくめの女王が革の鞭を持って、ピシッリピシッと打ち込む感じだった。 これを快感に感じる客もいるのだろうか。わたしはご免こうむりたい。(笑) 隣の男性客が彼女に声をかけて私を恨めしそうに眺めていた。 とりあえず、チップをはずんで店を出た。 奔放でセクシーな魅力は、マリリンモンローに尽きる。 次回は他の人に頼むことにしよう。
カミさんが自然食料品店から買ってきた色々なナッツ類の中で、煎り豆だけが減らないので、それを使って小さいときに飲んだ昔なつかしい代用コーヒーを作ってみた。
一握りの大豆をフライパンにバラバラッと入れる。 徐々に表面が焼けてきたら、フライパンを振りながら均等に煎ってみる。 火加減は焦げすぎないよう、じっくり10分ほどかけて煎った。 色はレギュラー・コーヒー豆より薄いぐらいに仕上げた。 皿に移して余熱を取り、コーヒーミルで荒めに砕き、ドリップ式のコーヒーメーカーにセットした。 スイッチを入れて待つこと2分。紙フィルターが目詰まりをおこした。 お湯がなかなか落ちてこないので、途中からフィルターの器ごと持ち上げて、斜めに傾けながら残りのお湯をろ過した。ただ、急ぐあまり粉も少しまぎれ込んだ。 まぁ、いいだろう。 さて試飲。 コーヒーカップに注ぎ、香りを確かめる。 煎り豆を噛むときのような香ばしさがない。一口ゴクリと飲んでみる。味は子供用の麦芽飲料・ミロに似ていた。 その昔、おやじが買ってきた代用コーヒーは、もうすこし深めにローストした味だったとおもう。コーヒー“もどき”ながらも、コーヒーらしさを追求し、それなりの味わいを出していたようだ。 大豆の場合、軽いロースト仕上げは、味わいは子供用のミロになる。フレンチロースのようなエスプレッソ仕上げをしたら、おそらく苦くて飲めないだろう。 東日本大震災のニュースみていて、ふと子供時代の思い出が甦ったのだが、むかし懐かしい大豆コーヒーを飲みながら、戦後の人々は敗戦のどん底から工夫やアイデアを出して、生き抜いてきたのだとしみじみおもった。 コーヒーはコーヒー豆からという常識の及ばないそんな時代、その代用を工夫しながら、“もどき”の一服を楽しんだのだとおもう。 そしてその味も、高度経済成長時代とともに消えていった。 代用コーヒーとしては、ほかにタンポポの根があるそうだ。 ちょうど季節柄もいい。やってみようか。
4月29日(金曜日)、英国王室・ウイリアム王子とケイト・ミドルトンさんの婚礼は、米国のTV報道各局が過熱気味に報道したこともあって、興味のない私にも、否が応でも目に入る状況でした。
当日のTVは、イギリスからの生中継を延々と流していて、見ていた私は、これはCGなのか現実なのかと目を疑ったほどです。 これを映画化するとしたら、「どんだけ~~!」と誰かさんの叫び声が聞こえそうです。 ウエストミンスター寺院での結婚式、馬車と近衛騎兵隊によるバッキンガム宮殿までのパレード、バルコニーでのキスシーンなど、一大絵巻が繰り広げられましたが、まさにシンデレラ・ストーリーを地で行く、リアリティショーでした。 ただお伽話で終わらなかったのは、ハネムーンの延期報道でした。 新婚旅行先の安全確保が問題ということでしたが、不思議に思われた人も多かったのではないでしょうか。 アメリカはオサマ・ビンラーディン殺害を確実なものにするため、早期の機会をうかがっていて、そのXデーは、英国王室の婚礼を考慮し、結婚式後、2日後を選んだということになります。 このXデーの内容は伏せながらも、テロの危険性が高まるという情報をイギリス側に前もって連絡し、新婚旅行が急遽延期になったというところでしょう。
人の心は行動にも表れる。
東日本大震災の被災者の方々をお見舞いされる天皇ご夫婦の姿を見て、つくづくそうおもった。 避難所を訪れ、それぞれの被災者の前に膝まづき、同じ目線で声を掛けられる姿を見るとき、なぜか政治家の視察がいかに形式的なものか、対照的に思い出されてしかたがない。 失礼ながらご高齢の天皇陛下が、それぞれ、避難された家族の前で膝まづかれるのである。 昨年、86歳になる義父とゴルフコースを回ったときのことだ。 もちろんゴルフカートで回ったのだが、7番のティーグラウンドでボールをティーアップしようとして、しゃがんだまま、立ち上がれなくなってしまった。すかさず脇から抱えたのだが、それぐらい歳をとると足は衰えてしまう。 ニュースで流れる天皇ご夫婦の映像は、単なる儀礼ではない、心から励まそうとされる姿であることが、見ているこちらにも伝わってきたのである。 こういうときこそ政治家や関係者は、保身を捨て、形式にこだわることなく、我々の目線に立った、心の通う対策を早急に立ててほしいものだと切に願う。
おそらく健康食品の店ででも買ったのだろう。
ナッツ(アーモンド、胡桃、カシューナッツ)や乾燥フルーツ(アプリコット、デーツ、バナナ、インゲン豆)の各種タッパウエアがテーブルの上に置いてあった。 ラベルを見ながらつまんでいると、中に”オーガニック・煎り豆”というラベルがあった。 どんな味かと、ひとつまみ口に放り込んでみた。 ガリガリと噛むほどに、煎った豆の香りが鼻に抜けて、子供時代の記憶が脳裏に甦ってきた。 半世紀以上も過ぎているのに、香ばしい匂いにまつわる思い出が、つい昨日のことのように思い出される。 その思い出は、父親の買ってきたコーヒーの香りだった。 まだ時代は※贅沢に慣れていなかったのだとおもう。 考えてみれば、贅沢の定義自体、まったく違っていたはずだ。 いまになっておやじの心境が解らないでもないが、はしご酒の罪滅ぼしに、ホームドラマよろしく手土産を持ち帰ることがあった。 その晩は、「これは本物じゃないけどな」と言って、何か英語の書いてある缶をテーブルに乗せ、「お~い、熱いお湯!」とおふくろに叫んだ。 10センチ四方の四角いブリキ缶は、黒地に白抜きの文字でCoffeeとかなんとか書かれていたのだとおもう。 まだドリップやサイフォンのない時代で、どうやって淹れたのかすら憶えていないが、本物のコーヒーの味を知らない少年にとって、その夜の薄い煎った豆の香りは、しっかり記憶に埋め込まれた。 それから数年経ってからののこと。 おふくろがネスカフェというインスタント・コーヒーを買ってきた。テレビでも宣伝が流れるようになって、それ以来おやじの口癖は、「お~い、お茶!」から、「お~い、コーヒー!」に変わった。 それも「クリープのないコーヒーなんて・・・」に洗脳されたかのように、小さじいっぱい山盛に入れてかき混ぜては、タバコをふかし、満足げに飲む姿をいまも思い出す。 ※ ちなみに「贅沢」とは、小学館のデジタル大辞泉によると、 必要な程度をこえて、物事に金銭や物などを使うこと。金銭や物などを惜しまないこと。また、そのさま。ということらしい。 金も物もない時代の”贅沢”。 それは、温かいご飯であったり、寝床であったり、風呂であったり、生きるうえで最低限のことなのに、のど元をすぎると、人間はみな忘れてしまう。 それはそれでいい。 ささやかな贅沢の積み重ねが、経済を造るのだから。
毎朝、祈る気持ちで原発の冷却システム復旧のニュースを探すのですが、放射線に阻まれ、作業がおもうように進まないのが現状のようです。
この原発問題で大事なことは、予想や憶測で不安を煽ることを慎むのはもとより、政府や関係者も、人々の生活と安全を第一に、しっかりとした情報の開示に努めてほしいということです。 一次情報を正確に伝えることは、デマや憶測による買占めなどの暴走を抑え、人々の不要な不安を取り除きます。 その意味で、朝日のコラムは的を得た説明でした。 物づくりやエンジニアに携わるかたならおよそ理解できるとおもうのですが、原発の冷却システム復旧には、順を追って解決しなければならない関門が多くあり、そのうえで大量の放射線被爆を避けながら、時間と戦い、ベストの復旧を昼夜を問わず行っているというのが現状でしょう。 最悪のケースも見据えながら、個人的見解ですが、日本の技術者と研究者が力を合わせれば、かならず冷却システム復旧にこぎつけるものと確信しています。 その間、自衛隊や消防隊の協力を得て、核燃料プールや原子炉への注水という側面支援が必要です。 それにしても、将来のある20代30代の作業員が被爆するという事故が起こりましたが、できることなら、代わってあげられたならと悔やまれます。 放射線が体に与える影響は白血病はもとより、精子にも影響が及ぶと聞いたことがあります。なるべく若者は控えてほしいとおもうのですが、500人ものチームとなると、そうもいってられないのが現状でしょう。 とにかく今回思い知らされたのは、安全対策の重みでした。
|
カテゴリ
以前の記事
2011年 09月
2011年 08月 2011年 07月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 07月 2007年 10月 2007年 06月 2007年 05月 2007年 04月 2007年 03月 2007年 02月 2007年 01月 2006年 12月 2006年 11月 2006年 10月 2006年 09月 2006年 08月 2006年 07月 2006年 06月 2006年 04月 2006年 03月 2006年 02月 2006年 01月 2005年 12月 2005年 11月 2005年 10月 2005年 09月 2005年 08月 2005年 07月 2005年 06月 2005年 05月 2005年 04月 2005年 03月 お気に入りブログ
最新のコメント
おすすめキーワード(PR)
ファン
|