「ほっ」と。キャンペーン

おくやみ

ヘレン・G・ブラウンさんが13日、お亡くなりになられた。
詳細は朝日新聞デジタル版 こちら
若かりしころ、仕事の立ち上げで、いろいろお力添えいただいた。
ご主人は数々の名画を世に送り出した、ハリウッドの名プロデューサー、デイヴィゥド・ブラウン氏。心細やかなご主人だった。
諸行無常とはいえ、やはり寂しさがつのる。
ご冥福をお祈りしたい。
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# by tanatali3 | 2012-08-16 12:33 | 雑記

今夜のアカデミー賞は

独断と偏見ですが、おそらく作品賞は「アーティスト」

CGから3Dまで技術革新の進む現代に、初期の無声映画を復活させ、新鮮かつ感動さえ与える仕上がり。
1920年代の本場ハリウッドを舞台に、フランス人映画作家が温かい眼差しでオマージュを捧げる、珠玉の作品。
水野晴郎氏の「いやぁ映画って、ほんとうに良いもんですね」という言葉がピッタリ。
解説や理屈抜きで楽しめる作品です。
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# by tanatali3 | 2012-02-26 14:36 | 映画

日本〇

ニューヨーク・JFKから成田、仙台空港へと乗り継いで、還暦祝いの同窓会に出席したのが2年前。その仙台空港が3.11の津波で飲まれる映像を目の前にして、胸の締め付けられる想いをした。

兄や親類縁者と連絡をとるなか、海辺に近い神奈川県・藤沢から両親の面倒を看るため、さらに海が眼と鼻の先の逗子に引っ越すという級友がいた。
ひとたび津波が押し寄せたら、高齢の両親を伴っての避難は大変だろうと、折り返しのメールに、“ライフ・ジャケット”を常備しては?と返事を書いた。

近くの海にカヤックに出かける際、いつも着用していることから浮かんだアイデアだ。
それほど高価なものでもなく、なんならペットボトルを差し込む、簡易ベストを手作りしてもいいだろう。

船舶や飛行機には救命胴衣の常備が義務付けられている。
日本は海に囲まれた世界有数の地震大国である。
国全体を大きな船と考えれば、沿岸地域は避難訓練や高い防潮堤の設置も大切だが、まずは“ライフ・ジャケット”の常備を推し進めるべきだろう。
特に子供たちの通う学校は、椅子の下なり、各クラスごとに“ライフ・ジャケット”箱を設置して、ひとたび津波警報が出たなら、まず“ライフ・ジャケット”を着用し、非難を開始する。
また役場や消防・警察はもとより、海辺に近い家庭や職場にもできる限り備えてほしい。
万が一、逃げ遅れて津波に巻き込まれても、救援活動を待つ間、生存率は大幅に上昇する。
東日本に限らず、全国の海辺の自治体は、できる限り“ライフ・ジャケット”の普及を推し進めてほしい。

自然の力を前に、想定外という言葉が空しく語られる。
危うい巨艦主義に陥ることなく、まずは身近に出来る方法を一つ一つ積み重ねていきたいものだ。
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# by tanatali3 | 2012-02-09 14:05 | 雑記

Lost

「ロスト・ジェネレーション」という言葉は、1920年代、パリ在住のヘミングウェイ仲間に投げかけられた“You are all a lost generation.”が始まりと言われる。

日本語では「失われた世代」とよく訳されるが、厳密には、「自分を見失った世代」「道に迷った世代」、つまり「さまよえる世代」とでも訳したほうが、本来のニュアンスに近いのだろう。

世代(Generation)は30年周期という。還暦(60年)にすると、歴史が見えてくるという説もある。

今年は未曾有の災害に、将来に不安を感じさせた。
そんな中、10年来、親しんできたHPが幕を閉じるという。
ネット社会は一時期、バーチャル・リアリティと呼ばれたものだが、世代の交代が進み、若者にとってネットも携帯も、ボーダレスな世界へと変わっているようだ。

なにはともあれ、仮想も現実も永遠ということはありえない。
始まりがあれば終わりがある。

よく立ち寄る喫茶店、スナック、バー同様、ネットのHPが、ある日その看板を下ろす。
立ち退きや、顧客の減少、オーナーの諸事情など、理由はさまざまだろう。

入り口に張られた閉店の張り紙が剥がされ、あらたな店の工事が始まる。
見なれた街の風景が、プチ整形を終え、すこし表情を変える。
ほんとうは、むかしのままでもいいのにと思う。
でも、そ知らぬ顔で新陳代謝は進み、時間は淀むことなく流れていく。

たとえ馴れ親しんだ憩いの場が消えたとしても、過ごした楽しい思い出は記憶にしっかり刻まれている。ひとたび現像液に浸せば、印画紙にその姿をゆっくり浮かび上がらせるだろう。

“さようなら”を言うのはよそう。
楽しい時間をありがとう、また逢う日まで。

Lostという曲はこちら


内容がわかるよう、大まかですが、対訳をつけました。


I can't believe it's over  もう終わりなんて信じられない
I watched the whole thing fall  すべて終わりまで見て
And I never saw the writing that was on the wall  さし迫ったようにみえなくて
If I only knew  知ってたらね
Days were slipping past  いたずらに時がながれ
That the good things never last いいことが続かなくて
That you were crying  きみが泣いてたなんて

Summer turned to winter 夏が冬になり
And the snow it turned to rain  雪が雨になり
And the rain turned into tears upon your face  雨が涙となって君の頬をつたい
I hardly recognized the girl you are today  いまの君は、見る影もないくらい
And god I hope it's not too late  でも、遅くないよね
It's not too late  遅くないよね

'Cause you are not alone  だってきみはひとりじゃないから
I'm always there with you  ぼくはそこできみといっしょ
And we'll get lost together  そして一緒にさ迷おう
Till the light comes pouring through  光が降り注ぐまで
'Cause when you feel like you're done  だって、もういいって思ったら
And the darkness has won  暗闇に閉ざされる
Babe, you're not lost  ねっ、自分を見失わないで
When your worlds crashing down  きみの世界が崩れ落ちても
And you can't bear the thought  それに耐えられなくなっても
I said, babe, you're not lost  いいかい、自分を見失わないで

Life can show no mercy  人生は無慈悲
It can tear your soul apart  心をずたずたにする
It can make you feel like you've gone crazy  やりきれなくなる
But you're not  だけど きみは違う
Though things have seemed to changed  世の中、変わったようにみえて
There's one thing that's still the same  ひとつ変わらないものがあって
In my heart you have remained  ぼくの心の中に、きみがとどまってくれた
And we can fly fly fly away  そして、ぼくらは飛びたてる。そう、飛びたてる

'Cause you are not alone  だって、きみはひとりじゃないから
And I am there with you  ぼくはそこできみといっしょ
And we'll get lost together  そして一緒にさ迷おう
Till the light comes pouring through  光が降り注ぐまで
'Cause when you feel like you're done  だって、もういいって思ったら  
And the darkness has won  暗闇に閉ざされる
Babe, you're not lost  ねっ、自分を見失わないで
When the worlds crashing down  世界が崩れ落ちても
And you can't bear the thought  それに耐えられなくなっても
I said, baby, you're not lost  いいかい、自分を見失わないで
I said, baby, you're not lost  見失わないで
I said, baby, you're not lost  見失わないで
I said, baby, you're not lost  見失わないで
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# by tanatali3 | 2011-09-27 10:30 | Music

アイリーン

この日記を書いている今も、時おりハリケーンの “しっぽ”部分が、木々の枝を揺さぶりながら、「ゴーッ」と音をたてて吹き抜けてゆく。


日曜の午後、散歩をかねてカミさんと一緒に図書館まで本を返しに出かけた。
ハリケーン一過、昨夜からの激しい雨と突風のつめ跡がいたるところに。
大木や電柱がなぎ倒され、警察の通行止めの黄色いテープが村のそこここに張り巡らされている。

我が家にも昔から棲みついている木が何本かある。見上げるドライブウェイに覆いかぶさる枝が強風にあおられユッサユッサ。わたしの腹の二人分はあろうかという太い枝までギッシギシッときしむ。

ブルーンバーグ市長は、市に乗り入れる公共交通機関を土曜日の昼、全面停止。
通りのバス停から、地下鉄のプラットホームから、人々が消え、いまだかつて見たことのない無人のグランド・セントラル駅構内がTV画面に映し出された。

マンハッタン島は何本ものトンネルがハドソン川やイーストリバーの下を通り、地下鉄も島内を縦横無尽に走っている。
高潮・高波・洪水がひとたび構内に流れ込めば、排水能力の追いつかない状況も予想される。その対策を見込み、早めの決断だったようだ。週明け、何百万人の通勤客への影響を考えると、賢明かもしれない。


図書館への道すがら、歩道の脇を、昨夜からの大雨を大地が吐き出すように湧き水が流れている。
倒木で封鎖された道をくぐり抜け、娘の通った小学校が見える通りにさしかかったときのこと。

通りをへだてて、並木道のとある一本の木に目を奪われた。
小学校と隣の家の間隔が離れているせいか、ちょうど風通しもよく、西日を浴びるスポットになっているようだ。

その一本だけが、すこし恥ずかしげに紅く色づきはじめていた。

夏と秋の境目。
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# by tanatali3 | 2011-08-29 10:11 | 雑記

月明りに揺れて

私の住む小さな村では、夏の間、野外コンサートが毎週催される。
月曜日の午後に訪れる義理の両親と夕食を摂ったあと、町の広場に一緒に聴きにでかける。

雰囲気こそ違えど、これは日本の盆踊りに似たようなものかもしれない。
米国ではもちろん七夕はない。それでも7月4日の独立記念日の花火大会を皮切りに、各地の野外コンサート、田舎のファーム・ショー(農園祭り)など、日本三大祭りのような盛大さや華やかさはないものの、過ぎ行く夏を彩る催しは数多ある。

広場の中央に設けられたガゼーボ(庭園などに設けられる休憩所)にオーケストラが収まり、好きな曲が流れると、前に設けられたダンスフロアーに自由に進み出て、社交ダンスを踊りはじめる。

内容は週替わりに、ベビー・ブーマー(団塊の世代)向けの、今ではオールディーズと呼ばれる曲を演奏するバンドや、戦中派向けスイング・バンド、映画音楽・ブロードウェィ・ミュージカルを演奏するオーケストラ、ジャズ・バンドなどなど、多岐にわたる。

西空がゆっくり暮れなずむころ、三々五々、デッキ・チェアやローン・チェアを持参して、自由に広場の芝生に陣を取り、夕べのひと時を過ごす。

私たちの前に座った二人の女性は、持参したサンドイッチやスナックを口に運び続けること20分。座る椅子からはみ出す脂肪の謎が解けた。

また、後ろのおばさんは、ペチャクチャペチャクチャ、会話がエンドレス。
「ランジェリーとジー・ストリング(T-バック)がね・・・」
業を煮やした近くの人々が一斉に「シーッ、シーッ」。
ボリュームが落ち、スイッチが切れた。

日が沈み、暗闇が広場を覆い、見上げる高い木立の合間から星がチラチラ見え隠れする。ビッグ・バンドの後ろにそびえる大木の合間から、月明かりが漏れ始める。

バンド・マスターが「次の曲はグレン・ミラー。グレン・ミラーと言えばお馴染みの・・・」。

こちらの 

バンマス自らクラリネットを咥え、前列のサックス奏者達と絶妙なアンサンブル。

グレン・ミラー・サウンドは、こぼれる淡い月明かりに溶け込んで、わたし達を優しく包みこんだ。

どうすることもできない出来事に苦しむ人たちと、いまこうやって平穏を享受する自分。
いろいろなトラブルが複雑に絡み合う世界。

ほんの一瞬、心が音楽で満たされた。
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# by tanatali3 | 2011-08-25 22:21 | 雑記

祖国と娘

高速道路をぼんやり走っていた。
ゆるやかなカーブに身を委ねて、上り坂にさしかかる。
フリーウェイが中空に消え、透きとおる青空をバックに、立ち昇る入道雲の天頂が光り輝いている。

放り込んだCDから、懐かしいメロディーが流れはじめた。
青春時代に耳にしたメロディーは、思い出が滲みこんでいる。勝手にヒョコヒョコ飛び出しては、頭の中を勝手に歩き回る。

娘と交わした昨夜の会話が、突然乱入してきた。
「今年の夏は止めようよ」
「ん?」
「原発事故、収束してないし・・・。来年だっていいじゃない」

いままで、日本への帰省を嫌がったことのない娘だった。
放射線量やその範囲、ヨー素、セシューム、ベータ線とガンマ線、被爆線量など簡単に説明したが、電話越しの娘は、頑として聞く耳を持たないようだ。

娘を夏期講座に送る前夜。
「今年は、お盆明けの八月末に行こう。チケットを予約しだい連絡するから」
話を聞いた娘はいつものように楽しみにしている様子だった。
それが、大学に行って、友達と話をしてからなのだろう。放射能の心配が増幅されたようだった。

電話越しの会話が噛み合わず、もどかしい思いをした。娘は言葉に詰まり泣く寸前の様子が手に取るようにわかる。これ以上の無理強いはまずい。

日本はわたしにとっての生まれ故郷。原発事故が起きようと、戦争になろうと、祖国を愛する気持は変わらない。だが娘にとっては、第二の故郷だ。

いっぽう誰がなんと言おうと、娘は、私にとってかけがえのない、いとおしい存在だ。

いままで、自分の考えを押し付けてきた私だが、今回は娘の気持ちに寄りそいたいと思う。
無理に連れて行くのでは、せっかくの家族旅行が台無しになる。

チケットの予約の取り消しは24時間以内。
旅行代理店に予約キャンセルの電話を入れることにした。
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# by tanatali3 | 2011-08-18 13:23 | 雑記

BARBERSHOP 1

髪が長くなったのでいつもの床屋に出かけた。
その床屋は隣町の目抜き通りから少し外れた通りにあって、その手前にもう一軒あるのだが、ここを選んだ理由は、ウインドウー越しに年配のおっさんがハサミでチョキチョキ刈っている姿が見えたからだ。
女性だけの美容室は、気後れするというか、年配のおっさんがいたほうが気楽なのだ。
この店は理髪師が何人も居て待ち時間がほとんどなく、30分もかからない。
席は手前に4席、仕切りの奥にもう一席ある。
奥はこの店のオーナー(中年女性)用なのだろう。
2度ほど彼女にやってもらったが、それほど上手いわけでもない。
いつもは、60過ぎのポーランド系のお婆さんで、鏡の前に娘や孫の写真を飾っている。居ないときは、メキシコ系の女性か、イタリア系のおっさん達にやってもらう。

今日は珍しく、若い女性だった。
年のころなら、20代半ばというところだろうか。長い赤毛の髪を襟足から持ち上げて、無造作にクリップで留めている。レデイー・ガガ風といった感じ。
パンツはロウライズのジーンズに黒エナメルの広めのベルト。丸みを帯びた腰が窮屈そうにはみ出している。腰の線をウエストに沿って見上げると、高い位置で見事にくびれている。
顔は髪が邪魔してちょっとわかりにくいが、よく見ると小顔のゲルマン系の美人。イギリスのパンク歌手として充分通用する。
まるで「うる星やつら」の“ラムちゃん”がコミックから飛び出たようで、アメリカ仕様のため、若干グラマーになっている。
黒地のタンクトップからはみ出た胸の割れ目もすばらしい。ノースリーブでへそ出しの薄地のブラウスと、ブラジャーも薄地?。
肘を上げると、目の前に横向きのオッパイが現れ、先端の乳首がくっきり浮かび上がった。

昔ならば、目を閉じたりせず、会話を楽しんだ。
「どうします?」
「横を短くクリッパーで刈上げて、上は適当に」
「何番かしら?」
「う~ん、どうかな?」
返答に困っていると、となりのメキシコのおねえさんが助け舟をだした。
「4番よ」
刈り始めて、
「う~ん、もう少し短めがいいな」
と言ったら、
「今、上の部分をブレンドしてるの。下はもう少し短くするから」
「ごめん、わからなくて、あっはっは」
「あやまらなくて、いいわ」
「じゃ、まかせるね」
といって、わたしは目を閉じた。

途中、バリカンで襟足を整えるのだが、その痛さに目が覚めた。
まるで黒ずくめの女王が革の鞭を持って、ピシッリピシッと打ち込む感じだった。
これを快感に感じる客もいるのだろうか。わたしはご免こうむりたい。(笑)
隣の男性客が彼女に声をかけて私を恨めしそうに眺めていた。

とりあえず、チップをはずんで店を出た。
奔放でセクシーな魅力は、マリリンモンローに尽きる。
次回は他の人に頼むことにしよう。
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# by tanatali3 | 2011-07-03 14:24 | 雑記

昔の香り

カミさんが自然食料品店から買ってきた色々なナッツ類の中で、煎り豆だけが減らないので、それを使って小さいときに飲んだ昔なつかしい代用コーヒーを作ってみた。

一握りの大豆をフライパンにバラバラッと入れる。
徐々に表面が焼けてきたら、フライパンを振りながら均等に煎ってみる。
火加減は焦げすぎないよう、じっくり10分ほどかけて煎った。
色はレギュラー・コーヒー豆より薄いぐらいに仕上げた。

皿に移して余熱を取り、コーヒーミルで荒めに砕き、ドリップ式のコーヒーメーカーにセットした。

スイッチを入れて待つこと2分。紙フィルターが目詰まりをおこした。
お湯がなかなか落ちてこないので、途中からフィルターの器ごと持ち上げて、斜めに傾けながら残りのお湯をろ過した。ただ、急ぐあまり粉も少しまぎれ込んだ。
まぁ、いいだろう。

さて試飲。
コーヒーカップに注ぎ、香りを確かめる。
煎り豆を噛むときのような香ばしさがない。一口ゴクリと飲んでみる。味は子供用の麦芽飲料・ミロに似ていた。

その昔、おやじが買ってきた代用コーヒーは、もうすこし深めにローストした味だったとおもう。コーヒー“もどき”ながらも、コーヒーらしさを追求し、それなりの味わいを出していたようだ。

大豆の場合、軽いロースト仕上げは、味わいは子供用のミロになる。フレンチロースのようなエスプレッソ仕上げをしたら、おそらく苦くて飲めないだろう。

東日本大震災のニュースみていて、ふと子供時代の思い出が甦ったのだが、むかし懐かしい大豆コーヒーを飲みながら、戦後の人々は敗戦のどん底から工夫やアイデアを出して、生き抜いてきたのだとしみじみおもった。

コーヒーはコーヒー豆からという常識の及ばないそんな時代、その代用を工夫しながら、“もどき”の一服を楽しんだのだとおもう。
そしてその味も、高度経済成長時代とともに消えていった。

代用コーヒーとしては、ほかにタンポポの根があるそうだ。
ちょうど季節柄もいい。やってみようか。
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# by tanatali3 | 2011-05-12 23:33 | 雑記

以心伝心

人の心は行動にも表れる。

東日本大震災の被災者の方々をお見舞いされる天皇ご夫婦の姿を見て、つくづくそうおもった。

避難所を訪れ、それぞれの被災者の前に膝まづき、同じ目線で声を掛けられる姿を見るとき、なぜか政治家の視察がいかに形式的なものか、対照的に思い出されてしかたがない。

失礼ながらご高齢の天皇陛下が、それぞれ、避難された家族の前で膝まづかれるのである。

昨年、86歳になる義父とゴルフコースを回ったときのことだ。
もちろんゴルフカートで回ったのだが、7番のティーグラウンドでボールをティーアップしようとして、しゃがんだまま、立ち上がれなくなってしまった。すかさず脇から抱えたのだが、それぐらい歳をとると足は衰えてしまう。

ニュースで流れる天皇ご夫婦の映像は、単なる儀礼ではない、心から励まそうとされる姿であることが、見ているこちらにも伝わってきたのである。

こういうときこそ政治家や関係者は、保身を捨て、形式にこだわることなく、我々の目線に立った、心の通う対策を早急に立ててほしいものだと切に願う。
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# by tanatali3 | 2011-04-20 11:57 | 雑記