<   2009年 07月 ( 2 )   > この月の画像一覧

長嶋海峡

外国に暮らしていると、その国の言葉にぴったり当てはまる母国語(日本語)が見つからず、歯がゆいおもいをすることがある。特に住み始めのころは、そういう消化不良に悩まされるのだが、馴れるにしたがい新鮮味が消え緊張感も薄れ、逆に鈍感力が増してくると、語学力の進歩が停滞する。
それでも長く暮らしていれば、突然「あっ、これは日本語で・・・」と的を得た訳語が浮かんだりする。
まぁ語学に限らず物事の進歩が永遠に右肩上がりということはないのだが、ある程度の緊張感は必要なようだ。



「来週は友達とランチなの、誰か友達を誘ったら?」
日曜日の夕方、とはいっても日没(8時半)まで3時間あまり、カヤックを車の屋根から降ろしながらカミサンが云った。

この季節は、二人でよく海に出かける。
日差しは強いが、カナダから張り出した高気圧に囲まれると、木陰はひんやりして湿気も少なく、高地で過すように気分爽快だ。逆にカリブ海の熱波が押し寄せると、蒸し暑くて寝苦しい夜になる。
ロング・アイランド・サウンドと呼ばれる海辺が近いこともあって、ニューヨーク市郊外のオーチャード・ビーチから、隣のグレン・アイランド、ママロ・ネック、果ては対岸のグレート・ネックあたりまで、カヤックで島巡りをする。
運動と余暇を兼ねて、週末のエコなステイケーションというわけである。

この日、カミサンの代役を買ってもらったオーさんは、ここ数年の空手の練習成果が現れたようで、以前のぽっちゃり体型が引き締まっていた。
カヤックを船着場に下ろし、装備一式を取り付け、ライフジャケットのフロントフックを締めているオーさんに訊いた。
「泳ぎはどうですか?」
「すこしぐらいは・・・」
かなり泳ぐのだろうとおもっていたので、意外だった。
私はいつもむさ苦しいのでライフジャケットのフックは締めず羽織るだけである。
「ライフジャケットを着ていれば浮かびますから、万が一の場合でもあわてないでください。浮かんでいれば、流されたとしても、この海域ならどこかへたどりつきます。まぁ今日は、そんなに沖に出ませんから」
といいながら、前部席に座ってもらった。

このカヤックは二人乗りで、櫂(かい)とペダルの両方が使用できるようになっている。ペダルだけでも十分スピードが出るため、ふだんは櫂をほとんど使わない。
ペダルは着脱式になっており、ペンギンの羽のようなヒレを船底から突き出し、左右に羽ばたいてスクリューの役割をする。
c0074164_13524893.jpg

(象牙島)

カヤックを櫂で漕ぎ出してからオーさんに声をかけた。
「ペダルのロック、はずしていいですよ」
ロックされたペンギンの羽は船底にぴったり張り付いていて、ロックを解除することで羽が左右に羽ばたく。
二人でペダルを漕ぎはじめるとカヤックのスピードが上がりはじめた。
「あまり早いピッチで踏まなくていいですから」
最初はどうしても力んででしまうのだ。

ロング・アイランド・サウンド(長嶋海峡)は、マッハッタンから大西洋に突き出たロング・アイランド島(約200km)と本土に挟まれた海域を指すのだが、一年を通して波は穏やかで、ヨットは多いがサーファーはみかけない。

長嶋海峡の最西端。ニューヨーク市北郊外にオーチャード・ビーチという海水浴場があって、真夏は家族連れでにぎわう。
三日月形の長い砂浜をプロムナード・デッキが囲み、この季節ボードウォークをしていると、そこここからラテンのリズムや生バンドの演奏が体に絡みついてくる。テニスコートやバスケットコートは球を追いかける若者の汗がほとばしり、野外バーベキュー場は至るところにハンバーガーやトウモロコシの“のろし”が立ち昇る。へたをすると匂いに釣られて駆け寄りたくなるほどだ。

さて野球場なら4つは入りそうな駐車場をはさみ、海水浴場の裏手に入り江があって、ちょうど真ん中あたりにカヤックとカヌーの船着場がある。
全長3キロほどのこの入り江は、早朝はシングルやエイトの漕艇が行き交い、昼ごろには“カッパの会”とでも呼べそうな、ひたすら甲羅干しのクルーザー横丁に様変わりする。

「右手が自然保護区の公園です」
ときおり釣り人のいる森を眺めながら入り江を1kmほど進む。クルーザーの間を抜けながら、グレン・アイランドのマリーナと公園を正面に見て、その手前を右に折れ、500mほど進むと海原に出る。

波はおだやかで、潮風が頬をなで、口笛でも吹きたくなるような絶好のカヤック日和だった。ときおり旅客機が我々を見下ろすように通過していく。
おきまりの象牙島(適当に命名)に艇をあげ、一泳ぎした。
水温はちょうどいい湯加減で、ウォーターベットにしたいほどだ。

この島の対岸にフレッチャー専用の海水浴場があって、太りぎみの私・・・ではなく、彼を運動に連れてくる。自然保護区の森をぬけて海辺に近づくにつれ、待ちきれなくなったフレッチャーは手綱を放せとばかりにせがみはじめる。放したが最後、弾丸のように一目散に海に向かって走り、岩を蹴って空中で体を一直線に伸ばし、海面にダイブする。そしてグルグル泳ぎ廻りながら早くボールを投げろと催促する。

「あそこですよ」
オーさんにフレッチャー御用達の海岸を指差して、この界隈をざっと説明した。
「シティアイランドからニューロッシェル市まで島は五つ。ハーツ島は1654年といいますから、江戸時代初期にトーマス・ペルという人が現地人から買ったのが始まりだそうで、その後何人かを経てニューヨーク市が買い上げ、刑務所や病院、南北戦争の兵舎やミサイル基地に使い、現在は火葬場と墓地として使われているそうです。近くまで行きましたが、立ち入り禁止の大きな看板や野ざらしのボート、海岸は荒れ果て、ちょっと不気味な感じです。デイビッヅ島は海軍の施設として使われ、現在はニューロッシェル市の公園として整備を進めようという案がでていますが、いつになることやら。野ざらし状態です。まぁ、それぞれの島に色々歴史がありますね」
「そういえば、あのデイビッヅ島は、橋を架けようという話が一時、持ち上がりましたね」

そんな会話を交わしながら、軍艦島(これも適当だが)を経てデイビッヅ島の北側を西へ舵を切った。ちょうど島と島にはさまれ風の通り道になっているのだろうか、風が強くなってきた。はるか行く手には白いさざなみが立ち、岩場があることを知らせている。

最初は小さな波だった。カヤックの横腹を軽く突きあげる程度で20度ほど右に傾いた。そこへ続けざまに三角波が斜め左下から突きあげてきた。カヤックが30度傾き、さらに40度となり、スローモーションのように二人もろとも海に投げ出された。
「ザブ~~ン!!」
海中のクリームソーダの泡を眺めながら、ゆっくり上に浮かび上がった。
カミサンといままで何十回となく沖に出たのだが、転覆などしたことがなかった。だから心配もせず、不意を突かれた形だった。
ライフジャケットのおかげでオーさんも浮かびあがってきた。
「あわてないで、待っていてください」

カヤックに手を伸ばすと、一瞬信じられないことが起こった。
手の先からするりと滑るようにカヤックが逃げていく。まさかとおもいながら、すこし早く泳ぐのだが、ライフジャケットの前が開いているため、思うようにスピードが上がらない。自分のアバウトさが悔やまれる。
逆にカヤックは風に押し流されて、見る見るうちに間隔が1メートル、2メートル、3メートルと離されてゆく。

一瞬脳裏に、「邦人2名、ニューヨーク近郊で水難事故」の見出しが踊った。 
もうのんびり構えている暇はなかった。全力で泳ぎはじめ、がむしゃらに手をかいて、息継ぎも忘れてひたすら泳いだ。
離れかけたカヤックが3m、2m、1mと目の前に迫ってきて、あとわずか50センチというところで、息が切れた。
もうだめだという気持ちが頭をもたげてきて、残る最後の力をふりしぼった。
手に感触があった。
艇にしがみついたときには、息があがってしまい、風に流されながらしばらく体力の快復を待った。

船尾からカヤックの反転はすんなり成功した。
つぎは、海中からカヤックに乗り込むわけだが、DVDで観ただけで、一度も練習などしたことがない。またサーフ・ボードと違い、デッキ部分は海面から30センチあり、上がりにい。下手をすればまたカヤックを転覆させてしまう。船体の横に廻り、後部座席のところで腹ばいのままカヤックに真横に乗りあがる、これがなかなかうまくいかないのだ。
とはいうものの必死にバランスをとりながら、なんとか体を乗り上げた。
次はうつ伏せ状態の体を反転させ、仰向けになり、尻を座席にすべり込ませ90度体をひねって、着席。
頭のなかでイメージをしてトライした。
オーできるじゃないか。
たかがこんなことぐらいと思うかもしれないが、慣れない動作は体力を消耗する。
まるで “たけし城”の参加者になった気分だ。

さぁ、オーさんのいる風上にカヤックを回そうと左に舵を切った。ところが風に船首が流されて、横に進むばかり。オーさんから遠ざかっていく。そればかりか白波の立つ岩場に向かっていくではないか。風と格闘してるうちに、岩場が目前まで迫ってきた。一難去ってまた一難。ドラマの主人公なら、ここで一句。
え~、 “さみだれをあつめて早し最上川”などと詠んでいる暇はない。
覚悟を決めて流されながら櫂で岩を押しながら、すこしガリガリとぶつかりながら、転覆をこらえ、やりすごした。

オーさんも見ていてじれったいというか、アホかと思ったに違いない。
機転を利かすなら、風下に舵をきればいいだけのことだった。
それが、いわゆるパニクってしまい、腕の力こぶがガッチガチ、ほれガッチガチ、いやもとい、頭がガッチガチで機転が利かない。
まぁ、ありていに言うと、早く戻りたい一心がそうさせたわけだ。

すこし落ち着きをとりもどし、遠回りの逆方向から攻めて成功し転覆現場へ向かった。

オーさんは意外に落ち着いていて、投げ出された水筒やサンダルを拾いあつめて待っていた。
初回、風下からのアプローチは風に流され失敗。その経験を生かし2度目は風上からアプローチして成功した。
カヤックに掴まってもらいながら、上がり方を説明する。
五十過ぎとはいえ週一の練習で鍛えているだけあって、腹ばいに上がるところまでなんなく漕ぎ着けた。ところが反転というところでバランスを崩し、「ザブ~~ン!」水しぶきをあげてカヤックもろとも転覆した。
夢よもう一度とカヤックを返そうとするのだが、なかなかうまくいかず、オーさんに船首に廻ってもらい、二人でタイミングはかってひっくり返す。
そして私のやりかたを見てもらって、二度目で成功して、ほっとため息をついた。


その晩、ことの顛末をカミサンに話すと、
「ライフ・ジャケットを脱ぎ捨てて、泳げばよかったのに」
とさめた返事が返ってきた。
「う~~む、必死のときはね、余裕なんて吹っ飛ぶものさ。まぁ、分らないだろうね」

その後、同じ場所を何度か通ったが、その場所だけ風が強く、やはり風の通り道のようだ。なにはともあれ、事故にならずほっとしたが、オーさんには怖い思いをさせてしまい、ほんとうに申し訳なくおもっている。

サーフィンの心地よい緊張感とでもいおうか、そんな気持ちを常にライフジャケットの下にまとっていれば、あわてることもない。いい教訓になった。



「今日は一年分の海水浴を楽しみましたよ」
オーさんの言葉を忘れることはない。
[PR]
by tanatali3 | 2009-07-24 14:16 | 雑記

If I could / 独立記念日

争いの場面だった。
相手のナイフにあとずさりし、壁が後ろに迫ってくる。
突きだされたナイフを交わし、相手の目に指を突き刺した。
目がつぶれるのがわかった。

あまりの恐ろしさに目が覚めた。
いまだかつて見たことのない夢だった。


さて、恐ろしい夢の話しはさておいて、ひさしぶりにダウンタウンの貿易センタービル跡地を通りかかったときのこと。
この場所に来ると、こみ上げる悲しみに胸がしめつけられる。
金網越しに立ち止まり、亡くなられた人々の冥福を祈る。

どこで歯車は狂いはじめたのだろう。
その場所を捜し、修復したいのに、その術(すべ)を誰も持ち合わせない。
そして、いまもどこかで同じことが繰り返されている。

毎年この季節は、マンハッタンを東西に走る通りの真ん中に、すっぽり夕日が落ちてゆく。
もうすぐ独立記念日が訪れる。

祭りのあとの、夏の終りに、あの日がやってくる。
あれから、なにが変わったのだろう?





できることなら・・・、
学べなかったすべてを教えてあげたい。
昔、焼いてしまったあの橋を、いまなら渡らしてあげる。
時には、あなたの無邪気な心をさえぎって
時には、わたしも見失い
でも、いつか巣立ってゆくよう、見守った。

できることなら・・・、
あなたを悲しみから救い
妥協も、勇気だと教えたい

やり直すことができるなら・・・、
あのとき、あの場所で、嫌な苦労をさせたけど、
昨日のわたしとは違った道を歩めたはずなのに

できることなら・・・、
何百年かかろうと、やりたかったことをやらせてあげる

でも、もう泣くのは止める
あなたが巣立てるように、すべてのドアを先に行って開けてあげるから。

Tanatali訳
[PR]
by tanatali3 | 2009-07-03 13:50